「海外生活レポ」イタリア、シチリア生活と子育て

2004年からシチリア南東部のラグーザという町に住んでいます。標高600メートル程の山間にある世界遺産の町で、真っ青な空と後期バロック様式の建物のコントラストが美しい、大変風情あるところです。シチリアの豊かな自然とゆったりと流れる時間の中で、ナポリ出身の夫と4歳の娘との3人で生活しています。

イタリアの田舎の町がそうであるように、シチリアもまた外から来た人に対して閉鎖的な土地柄だと言われています。ここに家族親戚のない私たちは、時には不便なこともありますが、周囲の人々に温かく迎えられ、地域のお祭りに参加したり、世間話をしたり、同じ地区の住人として意識を共有しながら暮らしています。

大らかな人間関係

 シチリアでの生活は、とにかくのんびりしていて、人と人の関係が大らかです。生活圏内にあるお店の人、近所の人は皆よく知る人同士で、お店の人とお客さんがよくおしゃべりに花を咲かせています。地元のニュースや天気、季節の話題、子どものことなど、私もよく会話に参加する地元客の一人です。話が盛り上がり過ぎてレジが滞ることも日常茶飯事ですが、それについて文句を言う人は見たことがありません。次に入って来るお客さんも会話に加わり、そこでのコミュニケーションの時間を楽しんで、にこやかに帰ります。買い物をするということは、そこにいる人と心を交わす時間でもあるわけです。

ここに来たばかりの頃は、ラグーザ弁が分からないこともあり、聞き役に回っていましたが、今では自分から話題を提供したり、質問したり、日本ではどうかと説明したり、全然知らない人ともおしゃべりするのが自然になってきました。長く暮らしているうちに、コミュニケーション能力を鍛えられたというのが正直なところです。「鍛えられる」という言い方は本当にその通りで、道を歩いていても油断も隙もないのです。日本人の私と東洋的な顔立ちの娘は目立つらしく、よく声を掛けられ、お名前は?何歳?に始まり、かわいいわね、どこに行くの?ラグーザにはヴァカンスで来たの?ええっ、ここに住んでるの?お仕事は?という具合に質問責めに会います。地元の人の驚きと好奇心から来る純粋な質問は、決して嫌な感じはしません。娘がぐずっていても、そうね、疲れちゃったね、さあ、頑張って!と通りすがりの人々が声を掛けてくれます。町全体の安心感がこのようなコミュニケーションを可能にしているのでしょう。こうして見ず知らずの私に接してくれる人たちに、私も常に心を開いていようと思っています。他人を干渉しないことが暗黙の了解である東京とは正反対の土地にいて、私はこれをとても心地良く感じています。

子どもたちも同じく、大らかでナチュラルです。広場でサッカーボールで遊んでいると、君、名前は?僕は〇〇、じゃあ一緒にやろう!と知らない子も加わります。こぼれたボールは、近くを歩いている大人が追いかけてパスしてくれて、人と人の間に垣根がないのが清々しいです。公園でも知らない子同士が会うとまずは自己紹介。そして名前で呼び合い、楽しく遊んでいます。このように大人も子どもも、人ときちんとコミュニケーションできることが、この小さな町の礼儀であるような気がしています。

イタリアの幼稚園

娘は今、地元の幼稚園に通っていますが、イタリア式の教育は驚きの連続です。まず幼稚園は満2歳から始まります。その年の1月から12月の間に3歳になる子どもが9月の新学期に入園できるというシステムです。日本の公立幼稚園は満4歳での入園ですから、かなり早い社会生活のスタートと言えます。しかも翌年の1月から3月に3歳になる、本来なら次年度の入園になる子どもも、親の判断で1年繰り上げて入園させることができます。さらに小学校への進級が心配な親は、卒園の年を1年遅らせることも希望できます。日本では学校制度に解釈の余地などありませんから、これは大きな驚きでした。親と先生の話し合いで、その子に合った教育のタイミングを与えることができる柔軟なシステムは歓迎すべきものです。

さて、12月生まれの娘は2歳9か月で入園することになり、入園の条件は「おむつが取れていること」。これをクリアするために、夏休みにトレーニングをしました。幼稚園では個人の意見を尊重するイタリアらしく、幼児にも常に自分の考えを言わせ、本人たちの意志も尊重しているのが分かります。「こうしなさい」ではなく「どうしたいの?」が先生たちのスタンスのようです。

例えば、クラスで娘の誕生会を開いた時のこと。親がおやつを持参し、誕生日を祝ってもらうことになっているので、クラス16人分のシュークリームとして、チョコレートとカスタードクリームを20個ずつ、合計40個持っていきました。ところが先生は、子ども一人一人に「どういうふうに食べたいの?」と聞くのです。チョコ2つを選ぶ子や、カスタードだけの子、1つずつ選ぶ子も、そして早く食べ終わって「先生もう1つちょうだい!」と言う子もいて、実に面白く観察しました。最後には誕生会の主役である娘にもう一つ選ばせ、先生は残ったシュークリームをナイフで半分に切り、数を倍にして、欲しいと手を挙げた子に「早い者勝ち」であげていました。これには本当に驚きました。みんな一緒、みんな同じを美徳とする日本の学校とは違い、平等の精神よりも個人の主張が勝る国であることを実感した瞬間でもありました。2歳からそんな環境にいる娘は、主張が非常に明確です。大人を納得させようと自分なりに説明する姿も頼もしくさえあります。ただ、過多な個人主義にならないか心配でもある今日この頃です。

シチリア生活で困った点

-教育・文化的環境の物足りなさ-

静かな環境でゆったりと生活している反面、物足りなさを感じることも多々あります。まず、近所に子どもが遊べるスペースが少ないことが挙げられます。一番近い公園でも徒歩15分かかり、今年ようやくオープンした図書館の児童書スペースもバスで20分という距離です。児童館も子ども用レジャー施設もなく、近所の遊び場と言えば教会前の広場しかありません。子どものための習い事も少なく、ヴァイオリンやピアノを売っている店もありません。コンサートホールもなく、この町の歴史上、一度もオーケストラが来たことはありません。さらに徒歩圏内に文房具店、おもちゃ屋がないのには困っています。お絵描き道具、チョーク、パズル、粘土、ブロック、積み木など、基本的な知育玩具は夫の実家のあるナポリに行った時や、日本から持って来るなどしています。子供の情操教育と文化教育に関しては不安が尽きません。

このような環境なので、娘が幼稚園に入る前は、毎日を楽しく過ごさせるのに非常に苦労しました。しかしその反面、何でも工夫して作り遊ぶことを学んだように思います。段ボールと紙で作るキッチン、張り子のハンプティダンプティ人形、足形を取って作る運動用マット、紙を切り抜いて作るランプシェード、そしてカーニヴァルの衣装など、どれも買ってしまえば一瞬のことですが、時間をかけてともに作り、遊び、笑った思い出は、親子3人の心に深く刻まれています。作ったもののいくつかは某サイトにも採用され、私自身も物作りが趣味になりつつあります。

-子ども用品店の少なさ、交通の便の悪さ-

不便で困っている点は他にもあります。徒歩圏内に子供服店が1軒のみ、かつては3軒あった子ども靴店が全て閉店。何を買うにも郊外の大型ショッピングモールに行かなければならず、とても不便です。さらに小児科医の絶対数が少なく全体的に高齢なため、かかりつけの小児科医が次々変わり、既に3人目となりました。移動手段に使うバスも1時間に1本。時間は非常にアバウトで、始点と終点の時間だけが指定され、その間は成り行きのままに運転されるため時刻表はなく、20分以上は待つのが普通です。小さな子供と一緒に待つのは大変で、結局、特別な買い物、小児科や救急の受診にはタクシーを利用することが多いのですが、市内一律10ユーロ(約1,250円)、往復で20ユーロ(約2,500円)は、ここの物価で考えるとかなりお高いと言えます。

今後は

ここでの生活には良い点も心配な点もありますが、焦らず、想像力豊かに足りないものは工夫し、娘がまだ小さいうちはのんびりと暮らしていこうと考えています。そして日本とは違う価値観や習慣、文化の中に自分を置きながら、私自身も今後の人生の可能性を試してみたいと思っています。シチリアの生活は、まだまだ私を「鍛えて」くれるでしょうから。

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